ドクターヘリの費用は誰が払っている?|運航コストと費用対効果を解説


「ドクターヘリって、1回飛ぶといくらかかるの?」「あの費用は誰が払っているの?」

患者さんにヘリの搬送費が請求されないことは以前の記事で触れましたが、ではそのお金はどこから出ているのか。今回は、ドクターヘリの費用の仕組みを、公的な資料をもとに整理します。少し硬い話ですが、この仕組みを知ると、ドクターヘリという制度の「見えない部分」が見えてきます。

ドクターヘリ1機の費用はいくらか

まず規模感から。ドクターヘリ1機を1年間運航するための費用は、おおむね年2〜2.5億円です。

ドクターヘリ1機あたりの国の補助基準額の推移。2001年約1.7億円・想定出動250件→2024年度約2.4億円・想定出動600件へ増加

この金額は、年々少しずつ増えてきました。国の補助基準額(1機あたり)の推移を見てみましょう。

1機あたり補助基準額想定出動件数
2001年(本格運航開始)1億7,000万円約250件
2009年度〜2億1,000万円
2024年度(令和6)2億4,000万円約600件想定

引用:ドクターヘリハンドブック(日本航空医療学会監修、2006〜2011年頃のデータ)/厚生労働省 行政事業レビューシート(令和6年度)

20年あまりで、補助基準額は1.7億円から2.4億円へ。想定される出動件数も250件から600件へと、2倍以上に増えています。

誰が払っているのか — 「国と都道府県」の負担の変遷

ドクターヘリの運航費用は、公費でまかなわれています。ただし、その負担の形は時代とともに変わってきました。

当初:国と都道府県が「折半」

2001年の本格運航開始当時は、国と都道府県が半分ずつ負担する仕組みでした。

しかし、これだと財政の厳しい自治体にとっては負担が重く、「ドクターヘリを入れたくても入れられない」という県が少なくありませんでした。これが全国展開のブレーキになっていたのです。

その後:交付税措置で自治体の負担が軽減

そこで国は、都道府県の負担を軽くする仕組みを整えていきます。

  • 2008年〜:都道府県負担分の一部を特別交付税で措置
  • 2009年〜:財政力に応じて道府県負担の50〜80%を補填
  • 結果、自治体によっては補助金額の1割(約2,000万円)程度の負担でドクターヘリを導入できるように

この負担軽減があったからこそ、財政の厳しい県でも導入が進み、全国47都道府県への配備につながりました。現在は厚生労働省が50%を国庫補助し、都道府県負担分は交付税で措置される形になっています(2021年度〜)。

運航会社の費用は、上がり続けている

ここからは、あまり知られていない「現場側」の話です。

実は、ドクターヘリを実際に飛ばす運航会社は、持ち出し(赤字)を抱えていることが多いのが実情です。

ドクターヘリハンドブックに載っている、ある県のモデルケース(2011年度)では——運航会社の運航費の支出が約2億4,290万円に対し、収入は約1億9,082万円。つまり約5,200万円の持ち出しになっていました。

引用:ドクターヘリハンドブック(日本航空医療学会監修、2011年度のモデルケース)

そして、この費用は年々上がる方向にあります。理由はいくつもあります。

運航会社の費用が上がっている要因。人件費の上昇・機体価格の上昇・燃料費の高騰・出動回数の増加。運航費は固定費と変動費で構成され、出動増で変動費が増える構造的課題

費用が上がる主な理由

  • 人件費の上昇 — 操縦士・整備士・運航管理者など、高度な専門職の人材確保には相応の待遇が必要。パイロット不足のなかで人件費は上昇傾向です
  • 機体価格の上昇 — ヘリコプター本体も、円安や世界的な需要で価格が上がっています。更新には1機あたり数億円規模
  • 燃料費の高騰 — 燃料はヘリを飛ばすほどかかる「変動費」。燃料価格の高騰は運航コストを直撃します
  • 出動回数の増加 — ドクターヘリが普及・定着し、出動件数は年々増加。飛べば飛ぶほど燃料費・整備費(変動費)も増えます

運航費用は「固定費(飛ばなくてもかかる費用)+変動費(飛ぶほどかかる費用)」で構成されます。出動が増えるのは社会にとって良いことですが、その分変動費が増え、運航会社の負担も増す——この構造的な課題があるのです。

費用対効果 — 「高い」のか?

「年2億円超」と聞くと高く感じるかもしれません。では、それに見合う効果はあるのでしょうか。

逸失所得から見た費用対効果

ドクターヘリで救命・社会復帰できた人が、その後も働いて収入を得られること(=失われずに済んだ所得=逸失所得の回避)を金額換算した研究があります。

それによると、10基地病院での逸失所得の回避効果は45.8億円。当時の補助金総額(17億円)と比べると、費用対効果は約2.7倍と算定されました。

引用:ドクターヘリハンドブック掲載「逸失所得の回避効果に関する研究」(益子邦洋、2006〜2011年頃のデータ)

医療費の削減効果

別の研究では、交通事故の患者について、ドクターヘリ搬送群は救急車搬送群に比べて、入院日数が平均17日短く、入院点数(診療報酬)も平均11万点低いという結果が出ています。早く適切な治療を始められれば、結果的に入院も医療費も減る可能性があるということです。

引用:ドクターヘリハンドブック掲載の研究(日本医科大学千葉北総病院、2006〜2011年頃のデータ)

「命を救う」という直接の価値に加えて、社会全体のコストを下げている——これがドクターヘリの費用対効果の考え方です。

機長として思うこと

費用の話は、つい「高い・安い」で語られがちです。けれど現場にいると、この制度が多くの人の負担と工夫で、ぎりぎり支えられていることを実感します。

国の補助、自治体の努力、そして赤字を抱えながら安全運航を続ける運航会社。そのどれが欠けても、ドクターヘリは飛べません。「患者さんに搬送費がかからない」という当たり前の裏には、こうした仕組みがあるのです。

医療保険の適用など、より持続可能な財源のあり方も長く議論されています。空の救急医療を未来へつなぐために、費用の議論はこれからも大切なテーマであり続けるでしょう。

まとめ

  • ドクターヘリ1機の運航費用は年2〜2.5億円。補助基準額は1.7億→2.1億→2.4億と増加
  • 費用は公費。当初は国と都道府県の折半→交付税措置で自治体負担が軽減され、全国展開が進んだ
  • 運航会社は**持ち出し(赤字)**を抱えがちで、人件費・機体価格・燃料費・出動増で費用は上昇傾向
  • 費用対効果は研究上約2.7倍、入院日数や医療費の削減効果も示されている

数字の裏にある仕組みを知ると、ドクターヘリの見え方が少し変わるのではないでしょうか。ご質問・ご意見はコメント欄やお問い合わせフォームからどうぞ。


参考資料

  • ドクターヘリハンドブック(日本航空医療学会 監修)
  • 認定NPO法人救急ヘリ病院ネットワーク(HEM-Net)https://hemnet.jp/know-management
  • HEM-Net「ドクターヘリ運航費用の負担の多様化に関する有識者懇談会 報告書」(2015年)https://www.hemnet.jp/databank/file/160324.pdf
  • 厚生労働省 行政事業レビューシート(令和6年度)

※本記事の数値は各資料の公表値に基づきます。金額・制度は時点により変動し、特に岡山県の収支は2011年度のモデルケース、費用対効果の研究は2006〜2011年頃のデータです。

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